井桁 裕子HIROKO IGETA

加速する私たち 舞踏家・高橋理通子の肖像

肖像と「加速」のイメージについて。 

高橋理通子さんと出会ったのは、吉本大輔さんの公演を初めて観に行った2006年12月24日のことでした。

その日、観客の帰ったあとの舞台で理通子さんは、一人でこの世を去ってしまった恋人のために、彼の服を着た大輔さんを相手に儀式のように別れの踊りをしたのです。

理通子さんは、彼の命を救うために自分はどうすれば良かったのか今でもそれを知りたいのだ、と言っていました。

私がこの話を聞いたのは彼女の肖像を作り始めた時です。それは2011年5月で、3月の震災からやっと2ヶ月、街のそこかしこの電灯が「節電」で薄暗く、喪中のような時期でした。

福島第一原子力発電所の事故は、私たちの社会の構造について、これでいいのかという疑問が吹き上がる契機でもありました。

科学技術の発達は、押さえる事ができないものです。核だけでなく様々な環境破壊、化学物質の乱用、人工知能・ロボット、遺伝子工学など、いろいろなことが頭に浮かびますが、社会の変化は危険とともに加速していくように思います。
全力疾走しながら、ふと疲れて目を閉じてしまったら、もう次の瞬間にはどうなっているかわからない、、、そんな世の中に生きている気がします。

「加速する私たち」というのは滅びへと疾走するイメージなのかもしれません。しかし一方でそれを生きのびる力として形にしたかったのです。

失った人を置き去りに加速する現実に目を凝らしながら、どれほど傷ついても、前を向いて走っていかなければならない、そういう現実があると思ったのです。

そこで、理通子さんと一緒に、亡くなられた人の魂も一緒に作ることにしました。ちぎれた乳房を受け取って追いかけてくる赤ちゃんは、失った人の魂であり、いつか私たちに追いついてくる未来なのです。

理性が死に向かうのならば、情熱は喜びとともに生きようとする、それは生きのびる方へ向かう意志のはずです。

私の手にあまるテーマだったし、翌年秋までの18ヶ月をかけて苦労して作ったのですが、やはり作ることはこの時は必然のような気がしたのです。