井桁 裕子HIROKO IGETA

片脚で立つ森田かずよの肖像

《片脚で立つ森田かずよの肖像》は、強度の側湾症、二分脊椎症などの重度の障害を持ちながら女優・コンテンポラリーダンサーとして活躍する森田かずよさんをモデルにして制作したものです。

森田さんは生まれた時に医師から「長くは生きられないだろう」と言われたほど、もともと大きく変形した身体で生まれてきた方です。

私はこの作品では自分のできる限りを尽くして正確な造形を目指し、その特別な形の身体を理解しようとしました。この作品が出来上がるまでに、2年半という時間が過ぎていきました。大阪在住の森田さんと東京にいる私のそもそもの出会いは、「私の身体を立体で作ってくれる人はいませんか」という森田さんのSNSでの呼びかけからです。

自分の身体がわからないから外側から見てみたい、舞台衣装を作るのにも役立てたい、とのことでした。私は2012年の4月に初めて森田さんに会うことになったのでした。

「自分の身体がわからない」だから外側から見てみたい。

事情は違いますが、これと同じことを、私もかつて考えたことを思い出しました。

20代の終わりの頃でしたが、私はいくつかの事情から自分の身体が自分で正しく認識できず、日常を生きることさえも困難な状況に陥っていました。

この身体を外側にもう一つ作ってみれば自分を取り戻せるような気がして、自分を全長120センチほどに縮小した人形の設計図を描きました。

作っていく作業の中では、人体解剖図にある骨格や筋肉、腱などが自分にもほぼ同じようにあることが驚きでした。地図で観ていた町に実際に行ってみて驚いているような感じです。私は、自分が何か得体の知れぬ存在ではなく、自然の美しい生き物たちと同じように皮膚の下にこのように精密な機構がある、と感じたのです。

2013年1月、私は森田さんのご自宅に訪問し、ヌードを見せてもらいました。

その大きく屈曲した身体は、私のぼんやり考えていたイメージを全く超えていました。骨格も内臓も筋肉も理解できませんでした。

人の体は通常、脊椎を中心に左右対称にできていて、その中心線が造形の基準になります。しかしその基準となる脊椎がどう曲がっているのかわからないのです。

彼女の、左側よりも短い右脚は義足をつけることで左右の長さを揃えて立つことができています。義足を外してしまうと片脚で立つしかなく、何かにつかまって立っているにしても、その持続時間は決して長くはないのでした。

森田さんの当初の希望通り、小さなフィギュアほどの大きさのものを作って終わりにしても良かったのです。しかしやがて、私は森田さんの天性の表現者としての個性に気づかされていきました。

様々な困難を乗り越えながら、障害のある身体だからこそできる表現があるはず、と活躍の場を広げてきた彼女の力強さ。切れ味の良い知的な発言、舞台に立って一層輝きを増す瞳。

しかしその鋭い陰影を見せる研ぎ澄まされた身体の奇跡は誰も知らないのです。私は、自分こそがまだ誰も知らなかったこの美しさを表現しなければいけない、という思いを強く持ったのです。

いくつかの小さな塑像の制作を経て、60センチほどの全身像を作り、それでも終えることができず最終的に大きな全身像を制作しました。

ヌードを作らせてもらうことは、当然ながら、彼女の身体のプライバシーの問題がありました。

これを完成させてしまう前に、「障害のある身体を見世物にする」ようなものにならないかどうか、私は考えなければなりませんでした。

この身体像は自分の意思を封じられた障害者・女性という「弱者」が一方的に利用されている、という状況ではありません。

一人の特別な身体を持った表現者である女性が「自分の身体を確認したい」と感じたこと。それに対して、「身体を確認するための制作」によって心身の危機に対処した経験のある作り手が、誠意をもってその像を作った。

《片脚で立つ森田かずよの肖像》は、障害のある身体を私たちがはっきり肯定し、表現していこうとする意志によって作品として成立しているのです。